石見銀山は、1526年に九州博多の豪商神屋寿禎によって発見されました。日本海を航行中、宅野の韓島沖からはるか仙ノ山が光るのを見つけて開発に着手したのが石見銀山の始まりと言われています。16世紀前半から中ごろにかけて銀鉱石を博多に積み出した港、鞆ヶ浦。
石見銀山から約7kmで最も近い港だったため、石見銀山開発初期の大内氏支配時代にこの港が利用されました。
銀山の発見者・神屋寿禎が建立したと伝えられる厳島神社や船をつなぎ止めるのに使用した鼻ぐり岩が残され、貯蔵庫跡とみられる場所からは銀鉱石が見つかっています。
石見銀山から約7kmで最も近い港だったため、石見銀山開発初期の大内氏支配時代にこの港が利用されました。
銀山の発見者・神屋寿禎が建立したと伝えられる厳島神社や船をつなぎ止めるのに使用した鼻ぐり岩が残され、貯蔵庫跡とみられる場所からは銀鉱石が見つかっています。
鵜の島厳島神社は神屋寿禎が、自宅に祀っていた弁天像と同じものを当時の名僧・湛水和尚に刻んでもらい、奉納したと伝えられています。毎年8月15日にレンゲ祭が行われている。(昔は7月15日)
鼻ぐり岩
リアス式海岸
リアス式海岸
鞆ヶ浦港中央の家の左側山頂より銀鉱石を落としていたと伝えられている。
鵜の島厳島神社
鵜の島